浜松市の姫街道にあるコーヒー豆屋(くらや珈琲店)店主の日常です。
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宮里優作に感動
 
 
スポーツって感動が多いですね。
 
 
 
激しく厳しい世界であればあるほど得られるものなのかなと思います。
 
 
 
たまに走ったりしますが、なんでやるかって、辛いからやるんだと思います。
 
 
 
富士山が簡単に登れたら...
 
  
 
フルマラソンが簡単に走れたら...

 
 
やっぱりそれだけの達成感が得られるからやる意義があるんだと思います。
 
 
 
 
 
 
 
先日の宮里優作の初優勝に感動しました。
 
 
 
これほどの選手がやっとの初優勝だけに感動も大きかったです。
 
 
 

 
 
 

 
 
  
いや日本が誇る逸材の待ちに待った初勝利。1994の日本ジュニアで初の日本タイトルを獲得後、日本のトップアマとしての道を歩み続けてきた。東北福祉大時代の2001年に日本アマ優勝、02年には日本学生3連覇を遂げた。

ところが同年末に鳴り物入りで飛び込んだプロの世界では、ただ1勝が遠かった。同門の池田勇太をはじめ藤本佳則、松山英樹ら後輩たちにどんどん先を越された。ショット技術は誰もが日本有数の持ち主だと認めている。だが、コースでそれが表現できない。最終組最終日でプレーしたのはこの日が実にキャリアで16度目。いつしか、なかなかチャンスをモノにできない自分のことを「僕は“練習場プロ”」と自虐的に言うようになった。

外野からの計り知れない期待とは裏腹に、いつも胸にはジレンマを抱えていたという。「大学時代は確かに良かった。けれどプロの世界で“優勝”はしていなかった」。アマ時代にはプロツアーで、なんと9度のトップ10入りがある。しかし石川遼や松山、そして実の妹である宮里藍のように、勝ったわけではなかった。「なんとなく、勢いがあっただけ」。勝利への難しさを根本から理解しているのは、本人以外なかった。

だからこそ、1勝のために力を注いできた月日に胸を張る。「焦りは無かった。勝つために何が自分に必要かずっと考えていた。11年かかったけれど、長いと言えば長い。けれど、短いと言えば短かった。毎年、あっという間に1年が終わってしまうから」。近年はショートゲームの向上、メンタルトレーニングに精を出してきた。

ホールアウト直後、同組で優勝を争った大学の先輩・谷原からは「これからが大変だぞ」と声をかけられた。「自分の勝ち方はまだはっきりと分かっていない。とにかくまず2勝目をすることが大事」と宮里は凛と前を見た。プロとしての第2のスタートがいま、切られた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
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